相続|預貯金の払戻制度

平成28年12月19日最高裁の決定により、被相続人名義の預貯金は遺産分割の対象財産に含まれることとなり、遺産分割が終了するまでは相続人単独では払戻しができなくなりました。しかし、遺産分割が終わるまで預金を引き出せないと、被相続人の葬儀費用の支払い、相続人自身の生活費、相続債務の弁済など、相続人の生活に支障をきたします。

このような点の見直しが行われ、相続人の資金需要に対応できるよう、遺産分割前に相続人単独で預貯金の払戻しができる制度が創設され、令和元年7月1日より開始されています。

預金者が亡くなったことを知った金融機関は死亡の登録を直ちに行います。これにより、被相続人の口座での各種公共料金、賃料、住宅ローン等の自動引落しや振込等は一切できなくなります。これが「預金口座の凍結」といわれるものです。金融機関が預金口座を凍結する主な目的は、次の2点です。

  • 相続預金が流出することによる二重払いの被害を防止するため
  • 相続人が被相続人の印鑑やキャッシュカードで預金を払い戻すことによる相続預金の無制限の変動を防止するため

以上のように、被相続人の口座が凍結されてお金が引き出せなくなると、被相続人の葬儀費用や入院費用の支払い、さらに被相続人に借金などがあった場合、それらの支払いをしなければならない相続人が困ってしまいます。このような支払いに対応できるように設けられたのが「預貯金の払戻制度」です。

預貯金の払戻制度とは

預貯金の払戻制度は、遺産分割における公平性を図りつつ、相続人の資金需要に対応できるよう、次の2つの制度が設けられています。

  • 家庭裁判所の判断を経ずに、金融機関の窓口で一定割合の預貯金の払戻しができる。
  • 預貯金債権に限り、家庭裁判所の仮分割の仮処分の要件を緩和する。

家庭裁判所の判断を経ずに、払戻しをする場合

こちらは家庭裁判所の判断を経ずに預貯金の払戻しが受けられる制度です。相続人単独で払い戻しすることができる金額には、次のような上限が定められています。

相続開始時の預貯金債権の額(口座基準) x 3分の1 x (払戻しを行う相続人の法定相続分)
※1つの金融機関あたり150万円が上限

払戻しができる金額の計算例

例えば、相続人が妻と長女の2人で、妻(法定相続分2分の1)が単独で払戻しをする場合、払戻しができる金額は次のようになります。

例1:A銀行に普通預金600万円の残高がある場合

払戻しできる金額は、600万円 x 3分の1 x 2分の1=100万円となります。

例2:A銀行に普通預金600万円、B銀行に普通預金600万円の残高がある場合

A銀行で払戻しできる金額は、600万円 x 3分の1 x 2分の1 = 100万円
B銀行で払戻しできる金額は、600万円 x 3分の1 x 2分の1 = 100万円

払戻し金額の上限は、1つの金融機関あたり150万円なので、A銀行とB銀行それぞれから100万円(合計200万円)の払戻しを受けることができます。

例3:A銀行の北支店に普通預金600万円、A銀行の南支店に普通預金600万円の残高がある場合

A銀行の北支店、南支店それぞれから100万円(合計200万円)の払戻しを受けられる計算ですが、1つの金融機関あたり150万円が上限なので、A銀行から受けられる払戻しは150万円となります。

家庭裁判所の判断を経て、払戻しをする場合

預貯金債権の仮分割の仮処分については、家事事件手続法第200条第2項の要件(事件の関係人の急迫の危険の防止の必要があること)を緩和することとし、遺産の分割の審判又は調停の申立てがあった場合において、仮払いの必要性があると認められる場合には、他の共同相続人の利益を害しない限り、家庭裁判所の判断で仮払いが認められる制度です。

家庭裁判所の判断を経ない制度の場合は払戻し金額に上限がありますが、その上限を超えるような大口の資金需要がある場合に、こちらの制度を利用することが考えられます。   

預貯金の払戻し制度を利用するときの注意点

預貯金の払戻制度を利用する際には、以下のような点に注意が必要です。

金融機関への提出書類

全国銀行協会の資料によると、おおむね以下の資料が必要となりますが、金融機関によって求められる書類が異なることがあるので、詳細は各金融機関への確認が必要となります。

  • 本人確認書類
  • 被相続人の除籍謄本、戸籍謄本または全部事項証明書(出生から死亡まで連続したもの)
  • 相続人全員の戸籍謄本または全部事項証明書
  • 預金の払戻しを希望される方の印鑑証明書
  • 家庭裁判所の判断を経る制度を利用する場合は、家庭裁判所の審判書謄本(審判書上確定表示がない場合は、さらに審判確定証明書も必要)

相続放棄ができなくなる可能性がある

本制度により被相続人の預貯金の払戻しを受けた相続人は、遺産の一部分割により遺産を取得した者とみなされ(民法第九百九条の二)、のちの遺産分割において調整が図られることになるため、相続放棄をすることができなくなる可能性があります。本制度を利用する前に、被相続人に多額の借金がないかどうか確認しておく必要があるでしょう。

相続放棄とは

相続財産には預貯金のようなプラスの財産ばかりではなく、借金のようなマイナスの財産がある場合もあります。プラスよりマイナスの財産が多い場合、相続人は借金を相続することになります。

このような事態を防ぐため、相続人には相続を放棄することも認められています。相続放棄をすることで、預貯金などのプラスの財産も相続しない代わりに、借金などのマイナスの財産も相続しないことができます。

遺言書に預貯金の相続に関する指定がある場合

特定の受遺者や相続人に対して預貯金を相続させる内容の遺言書があった場合、その預貯金については本制度の対象になりません。例えば、「預貯金の全部(または一部)を長男に相続させる」という内容の遺言書があった場合、長男に与えられた預貯金に関しては、本制度による払戻しはできなくなります。遺言書の効力は遺言者が死亡したときから生じる(民法第985条)とされているので、遺言者が死亡した時点で、預貯金の受取りに指定されていた人の財産になるためです。

行政書士しょうじ事務所では、相続手続きのお手伝いをさせていただいております。相続手続きについてお困りごとがありましたら、ぜひご相談ください。